ハナは庄田さんのところで、お風呂に入れてもらった。庄田さんが言うには、小さい頃からお風呂に入れておけば、風呂好きになるのだと言う。
現にケテちゃんはお風呂を嫌がらず、庄田さんと一緒に入るのだそうだ。その上、湯船の中で気持ち良さそうに目まで閉じると言う。
「……」
昔飼っていたツネ吉に、洗う度に抵抗されて、自分がびしょびしょになっていたナナコには俄には信じられないことだった。
だが庄田さんのところから、戻ってきたネコは、なんとなく子ネコの可愛らしさを取り戻していた。
「ノミが酷いから、一度獣医に連れて行くといいよ」
庄田さんはそう言った。
二、三日後、仕事から早く戻ったナナコは、子ネコを抱いたツトムと一緒に、近くの動物病院を訪ねた。
動物病院へ行くのは、初めての経験でどきどきした。窓口で、「お名前は?」と尋ねられて、「ナナコです」と答えると、受付の女性は、「ナナちゃんね」とさらさらと手帳に名前を書き込んだ。それを見てやっと気づいたナナコは慌てて訂正した。
「すみません、それは私の名前で、この子はハナです」
すると事も無げに今度はまた“ハナ”と書き直して手帳を渡してくれた。そこには“野沢ハナ”と書かれていた。この病院では、ペット一匹一匹にカルテのような手帳を渡してくれるのだった。
野沢ハナかあ……。ナナコは急に名前を持ち、家族の一員となったこのネコをまじまじとみやった。なんとなくまだしっくりこなくて、こそばゆい。本当にこの子を愛せるのだろうか? などと思った。
「野沢ハナちゃーん」と大きなダミ声がして、ナナコはツトムとハナと一緒に診察室へ入った。体の大きな色黒の獣医は、ネコを見るなり、「ああ、ノミにやられていますね。お薬付けときましょう」と言った。
そして体のあちこちを引っくり返して、「この子はオスですね」とつぶやいた。
「え?」と驚いて、ナナコは聞き返した。
「オスですか? てっきりメスだと思って、“ハナ”って名前を付けたんですよ」
「え?」と、今度は獣医が驚いて、「いや、この子はオスですよ。でもハナねぇ。いい名前じゃないですか? ハナ肇みたいで」と言った。
「え……」とナナコは絶句した。
ハナ肇がいい名前かどうかは分からないが、オスに“ハナ”はないだろうと思った。けれど、正直なところ内心喜んでもいた。どこにもいいところのなかったこの子が、せめてダサイ名前からは解放されるのだ。ハナなんていう大人しい名前じゃなくて、この子にもっとふさわしい名前。
そう、ニャン太という名前が―。
やっぱりこの子は、ニャン太だったんだ。そう一人で合点しているナナコに獣医は「ああ、この子は、左目が見えていませんね」と言った。
「え?」とナナコは再び聞き返した。
つづく