ある日、幼稚園の庭で、翔くんはミカちゃんという女の子に水を掛けられました。
ミカちゃんは体の大きな女の子で、いじめっ子でした。
力が強いので、何人もの子が泣かされていたのです。
怒った翔くんが「待てーッ!」と追いかけると、ミカちゃんは笑いながら、庭の隅の用具入れの方へと逃げていきました。
翔くんが追いつくと、ミカちゃんは嬉しそうに声を上げ、翔くんの腕をぐいと引っ張りました。
翔くんはバランスを崩して、瞬く(またたく)間に用具入れの裏に引きずり込まれました。
倒れ込んだ翔くんが驚いて見ると、ミカちゃんが笑いながら、
「ああ・・・…翔くん、ようやくこの世界に戻ってきたのね」と言いました。
そこには、いつものいじわるそうなミカちゃんではなく、まるで大人の女の人みたいに威厳があり、全体を見通すかのような眼差しで立っているのでした。
心なしか喋り方も先生のようでした。
「どういうこと?」
翔くんが訝しがると、ミカちゃんは「しっ!」と唇に指を当て辺りを見渡すと、急に小声になり、
「子どもはね、みんな、この世とあの世を彷徨(さまよ)っているのよ。そして七歳になるまでには、どちらで生きるのかを決めるの。翔くんはずっとこの世が嫌いだったみたいだから、ミカは心配していたのよ」と、耳元で囁きました。
あまりの事に、翔くんが口も利けないでいると、
「でも良かった! この世にいることにして」
ミカちゃんはホッとしたような表情になりました。
「隣町のマサオくん、あの子もそうだったの。ずっとこの世になじめなくて……。だから神様に元の世界へ帰してって、毎晩お願いしていたのよ」
「――!?」
「それで、ようやく念願叶って、先週お空へ還ってしまったの」
「……」
翔くんの記憶が微かに呼び覚まされてきました。
神さまとした約束のこと。お空の上から悲しんでいるママとパパを見たこと。
そして、ボクがあの人たちの子どもとなって、力になってあげたい、人間として生きたいと思ったことなど。
翔くんが記憶の糸をまさぐっていると、ふと自分を見つめるミカちゃんと目が合いました。翔くんにはその瞳に見覚えがありました。
どこだろう……? ええと、そうだ! あの時だ!
ミカちゃんは、翔くんが地上へ下りるとき、一緒に後ろの方に並んでいた魂でした。そして隣の列には、今にも泣きだしそうな男の子の魂も――。
そして、ポヨポヨ――。
困ったとき、退屈なとき、寂しくて泣いていたときに、いつも側にいて慰めてくれたポヨポヨ・・・・・・。
彼は神さまの使いだったのです。翔くんが地上にいても、悲しくないように、神様が使わしてくれたのです。いつも側にいてくれたのです。
そんなことが一気に思い出されてきたのでした。
突然、「キャーッ!」という悲鳴がして、翔くんがハッと我に返ると、そこには泡を食ったような担任の先生の顔がありました。
そして足元を見ると、ミカちゃんが気を失って倒れているのでした。
つづく