というのも、ナナコがニャン太を抱いて、アパートの庭を散歩していた時だった。
通りの向こうから大きな犬を散歩させている人が近づいてきて、あろうことかその犬は、ニャン太を見るなり吠え始めたのだ。
その瞬間、ニャン太は泡を喰って逃げ出した。
ナナコの腕に爪をたて、庭に植わわっていた大きな梅の木にピョンと飛び移り、上まで一気に駆け上っていったのだ。
その凄まじい勢いに、見ていたナナコは唖然となった。だが犬は、容赦なく木の上に登ったニャン太に向かって吠え続けている。
やがて犬は、飼い主に怒られながら、引きずられるようにして行ってしまったが、それからが大変だった。
ニャン太はすっかり怯えてしまい、呼べと叫べと降りて来ない。
困ったナナコが呼び続けていると、ニャン太は恐る恐るといった様子で梅の木から降りて来た。しかし、それは妙なへっぴり腰で、途中まで来るとまた動かなくなってしまった。
痺れをきらしたナナコが、怒鳴りたいのを我慢して、「さあ、ニャン太おいで」と極力優しい声色で両手を高く差し出すと、ようやくニャン太はナナコの腕に向かって走り出した。だが今度は勢いが止まらずに、焦ったニャン太は、途中の枝に片手を伸ばすと、それが上手く引っ掛かり、そのまま空中を一回転し、気がつくと片手一本で枝からぶら下がっていた。
通りを歩いていた人たちが、何事かと興味本位で集まって来た。ナナコは高々と差し出したその両手を引っ込めることもできず、しばし舞台女優のように、凍りついた笑みを浮かべながらそのままでいる破目に……。
やがて、なんとか枝に登って体勢を整えたニャン太が、再びナナコの腕の中へジャンプしたとき、周りのギャラリーたちに、一瞬ホッとしたような空気の緩みが出来た。
ナナコは、しっかりと爪を立てて腕にしがみついてきたニャン太に、「痛いよ」と思いながらも抱きしめると、すぐに部屋へと駆け込んだ。
こんなに大騒ぎになってしまったら、近所に住んでいる大家さんに見つかるかもしれないからだ。そしてたかが犬に吠えられたくらいで、あそこまで怯えるニャン太を情けなく思っていた。
「このヘタレネコめ!」そう罵りたい気分だった。
つづく