昼過ぎに目覚めると、玄関にニャン太の鳴く声がした。
久しぶりにニャン太が帰ってきていた。
ニャン太はすっかり野良らしく、乾燥したキャットフードを食べなくなっていた。
ナナコは奮発してシーチキンの缶を開けてニャン太へ与えた。
食べ終わると、ニャン太は居間へ来て、ナナコの膝の上で甘えた。
ナナコはニャン太を撫でてやりながら、複雑な思いがした。
ニャン太、お前は幸せかい? あの時お前を引き取ったのは正解だったのかい? お前、他所へ貰われていた方が幸せじゃあなかったのかい?
ひと撫でするたびに、手の平の湿疹が痛くなるようで、ナナコの手につい力が入ってしまった。ニャン太の顔がくしゃくしゃになった。
「痛ッ!」
ナナコは思わず声を上げた。ナナコの手にニャン太が噛み付いたのだ。それは穴が開くかと思うほど強かった。
ナナコは思わずカッとなった。そして、初めてニャン太に憎悪を感じた。
「このバカ猫、痛いじゃないか!」
ナナコはニャン太の頭をバシンと叩いた。
「痛いッ、痛いッ、このバカ猫、お前なんか嫌いだ、このバカ、出て行けッ、あっちへ行けッ!」
叩いているうちに興奮してきて、段々力が強くなった。
ニャン太は目を細め身をかがめながら玄関へと走って逃げた。
そしてナナコの方へ振り向くと、一声「ニャー」と鳴いた。
だが、ナナコの怒りはまだ収まらなかった。玄関のドアを開けて外へ出してやった。このままだと何をするか分からなかった。
ニャン太は後ろを振り向かず走り去ってしまった。
そして、これがニャン太との別れだった。
それっきりニャン太が帰ってくることはなかったのだ。
ニャン太が居なくなり、ツトムは寂しがったが、ナナコはホッとしていた。
これで無用な争いがなくなる、ようやく平安が訪れる……心のどこかでそんなことを思っていたのだった。
つづく