話し疲れて軽く息を吐くと、ナナコは明るく「ちょっとお手洗い行って来ます」と言った。休憩時間はそろそろ終りだった。
「う、うん」ハナヱさんはナナコを痛ましげに見ながら頷いた。
ナナコは洗面所で、泣き腫らした顔を洗った。鏡に映すと、目は真っ赤に腫れ、鼻先も赤かった。これでは一目でナナコが泣いていたことがお客さんにバレてしまうだろう。ナナコは指で、目の端を突っついてみたが、どうにもならなかった。ナナコは諦めて、この顔でしばらくレジに立つしかないと覚悟を決めた。
そうして、改めて自分の泣き顔を鏡の中で覗いているうちに、計らずも、ふーっと大きなため息がついて出た。そして、ふと、私はこんな風にずっと泣きたかったんだなと思った。こんな風に、誰かに話を聞いてもらって、思いっきり泣きたかったんだなあ、とそう思うのだった。
ある日、仕事場から帰ってくると、見知らぬ老婆がアパートの前に所在なげに立っていた。女は、ナナコの姿を見ると、ホッとしたような顔をした。そうして、部屋へ入ろうとするナナコに
「あのう」
と声を掛けた。
「はい?」
不審に思ったナナコが見ると、女は、
「お宅の猫のことで」と言った。
つづく