「……」
しばらく相手を睨んでいたリョーヘイだったが、「気をつけろ!」と一言吐き捨てると、踵を返した。
相手の女性はそんなリョーヘイを気にする様子もなく、時計を見ると慌てたように車に乗り込むとそのまま発進させた。
ナナコは運転席に戻ってきた夫の顔を見た。
怒りで青白くなっていた。
そうして今度は静かに車を走らせた。
ナナコは、リョーヘイに全く共感できなかった。同情すら覚えなかった。
女性は全くスピードを出していなかった。むしろノロノロと気をつけて走っていたのだ。
それなのにリョーヘイにはまるで相手が悪いように見えたのだ。
「……」
ナナコは、自分とさほど年の変わらないあの女性の毅然とした態度を思い出していた。
私だったらどうするだろう?
あんな風に絡まれて、きちんと謝ることが出来るのだろうか?
怯えずにきちんと話せるのだろうか?
交渉できるのだろうか?
無理だ、と思った。私には出来ない。
私なら怖くて怖くてしょうがない。
震えずにあんな風には喋れない。
彼女の前ではリョーヘイが霞んで見えた。
リョーヘイは惨めで格好悪かった。
それくらい彼女の態度は立派に見えた。
それに比べて私は……と、ナナコは臍をかむ思いがした。
私は、自分の夫すら、制することの出来ない女なのだから―。
「……」
ナナコは軽い敗北感を味わっていた。
つづく