ナナコは庄田さんを見送りながら、これが逆の立場だったら、どんなにいいだろうと思った。私が庄田さんに「大丈夫ですか?」って声を掛ける立場だったら……。
そんな苦い思いが微かに胸をよぎるが、すぐに消えていった。
正直それどころではなかった。部屋へ入ったリョーヘイが今度は床に倒れた家電たちを相手に暴れ始めていたからだ。ナナコは慌ててその後を追った。
リョーヘイは包丁を探しているようだった。だがナナコはそれを隠しておいた。
ハラハラしながらリョーヘイを見守っていると、ようやくパトカーが到着した。
サイレンは止めてくれと頼んでいたので、静かだった。中から二人の中年の警察官が降りてきた。
ナナコはホッとして外へ飛び出し、早く早くと手招きした。
「通報があったのは奥さんですか?」
「はい。夫が暴れているんです。お願いします」
ナナコが案内すると、狭い玄関のマットの上にリョーヘイがうなだれて正座していた。
「えっ!?」
ナナコは仰天した。さっきまであんなに暴れていたのに、今はまるで借りて来た猫のように大人しくなっているではないか。ナナコが驚いていると、警官の一人が、「この方が暴れているんですか?」と不審そうに尋ねた。
「あ、はい、そうです。ついさっきまで暴れていたんですけど……あれ? おかしいなあ……?」
リョーヘイはさっきまでの猛々しさを失って、ぼんやりした視線を警官に向けた。そうして、警察官の腰にある拳銃を見ると途端に目の色が変わった。
「なぁ、おっさん……」リョーヘイは警官に向かって手を伸ばした。
「なぁ、それで俺を撃ってくれないか? バーンと、な、頼むよ」
警察官は困ったように、
「まあ、まあ、ご主人、落ち着いて。一体何があったんですか」と尋ねた。リョーヘイは警官にすがりつき、
「なあ、それで俺を殺してくれよ。俺、もう生きていたくないんだよ。なあ……頼むよ、頼む」最後は涙声になっていた。
「―!!」
つづく