そんな訳で、一家はいつの間にかリョーヘイの機嫌を伺うようになってしまった。
リョーヘイは酒瓶の袋をカチャカチャ鳴らしながら帰って来ると、ツトムが散らかしてある玩具を無言で片付け始める。
だが玩具を玩具箱に投げ入れるその大きな音で、怒っているのが分かるのだった。
そして、外から帰って来るニャン太の足が汚いとぶつぶつ文句を言い始める。
ニャン太の足の裏は、今やいくら雑巾で拭いても落ちないくらい硬く黒ずんでしまい、家の中は掃除をしてもなんだか足の裏に細かい砂が付いてしまうのだった。
リョーヘイは、そんなニャン太を嫌がるようになっていった。
夕食時にニャン太が食卓に近づくと、「あっち行け!」「このバカ猫」などと言うようになってしまったのだ。
そんなギスギスした雰囲気の中、ツトムの様子がおかしくなってしまった。
ツトムは、あまり自分の気持ちを表す事のない大人しい子どもだったが、朝になると、決まって「お腹が痛い」と言い出すようになった。
ナナコは、仮病だろうくらいに思っていたが、それが頻繁に続くようになり、仕方なく仕事を休んで病院へ付き添うことも度々だった。
しかし、病院では確たる病名も付かず、まあ様子を見てくださいと言われるだけで、そして病院から帰ってくるとツトムは決まって元気になるのだった。
パート仲間のハナエさんにその事を話すと、ハナエさんは「あぁ」とため息をついた。そして、「大人は嘘だと思うけれど、子どもが“お腹が痛い”って言うときは、本当にお腹が痛くなっているのよね」と言った。
「……」
それを聞いたナナコは恥ずかしくなった。ナナコはツトムの事を鼻っから疑っていたからだ。
ナナコはツトムの性格を、根性のない子、弱っちぃ子―そう決めつけていたのだ。
だが、今ではツトムが学校へ行きたがらない理由を充分過ぎるほど分かっていた。家の中がこんな状態では、子どもがおかしくなるのは当然だった。
これはツトムなりの抗議なのだと考えていた。
だからナナコは、ツトムがあんまり、「お腹が痛い」を繰り返す時には、学校を休ませることにした。
今までは、無理にでも行かせていたが、ツトムには休憩が必要な気がしていた。
それに、ナナコ自身にも休息が必要だった。
寝不足が続いていた。
朝起きられなくなっていた。
そんな時、ナナコは自分も仕事を休み、ツトムと一緒に寝ることにしたのだった。
外の明るい日差しをカーテンで閉ざし、薄暗い部屋の中でツトムと二人で枕を並べて寝ていると、何か悪い事をしているような気分になった。
なんだか自分だけが仕事をサボり、不健康な世界に落ち込んでいくような気がした。
そして、ため息交じりになんでこうなってしまったんだろうと考えるのだった。
つづく