一年が過ぎて、ようやく翔くんもこの世界に馴れてきました。立ち上がれるようになると、すぐに歩くこともできるようになりました。パパとママは大喜び。
でも言葉を話すことはまだできませんでした。実のところ翔くんは、言葉を使うことを拒否していたのです。
どうしてテレパシーを使えるのに、口で喋らなきゃいけないの?
翔くんはそう考えていたのです。
そんな翔くんにポヨポヨは言いました。
「でもね、人間は口を使わないと何も出来ないんだよ。自分の意思を伝えることも、ご飯を食べることも。それに……キ、キスすることだってね」
そう言うとポヨポヨの顔は、なぜか真っ赤になってしまいました。
「ふーん、人間ってやっぱり不便だね」
ポヨポヨの様子に気づくことなく、翔くんは言いました。
「だって口なんて使わなくても、ボクにはみんなの気持ちが分かるよ」
そうなのです。翔くんにはみんなの気持ちが、手に取るように分かりました。
ママやパパがどんなに口では「怒っていないよ」と笑顔を作ったとしても、翔くんには瞬時にふたりの後ろに、夜叉や修羅が浮かんでいるのが見えるのでした。
翔くんには、それがなんとも不思議でなりませんでした。だからある日、ママに言いました。
「ねぇママ、これからは正直に生きてね」
「エッ!?」
一瞬なんのことだか、ママは分からないようでした。そして今度は翔くんの顔を、穴が開くほどまじまじと見詰めました。
「……」
それはそうでしょう。初めてわが子が口を開いたと思ったら、喋った言葉がこれなのですから。やがてその顔がだんだんと恐怖に歪んできたとしても、仕方がなかったのかもしれません。
けれど翔くんは平気でした。だって、そんなこと分かりきったことだもの。当たり前のことなんだもの。
そう、翔くんにとって、「正直に生きる」というのは、至極当然のことだったのです。
つづく
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