春になり、家の近くの野原には、一面レンゲ草の花が咲いています。
毎年美しく咲き誇るのですが、今年もその赤くて小さな花を咲かせました。
翔くんはその中にひとり立ち、耳を澄ませていました。
空にはひばりが舞っていて、その歓びに満ちた声を響かせています。
ふいに声がしました。
「……くん。翔くん」
声のする方を見ると、それはポヨポヨでした。
翔くんは、最近ではすっかりポヨポヨを呼ぶこともなくなっていました。
けれど、久しぶりに見るポヨポヨは、すっかり影が薄くなり、身体も遠くの空に抜けるようでした。
「ポヨポヨ……」
翔くんはその姿を見ると、泣き出しそうになりました。
彼が消えてしまうことが分かったからです。
「ポヨポヨ、行かないで。ずっと側にいておくれよ」
翔くんが言うと、ポヨポヨは力なく笑いました。
「大丈夫。オイラはどこにも行かないよ、ずっと君の側にいるよ。君がいつでも“ポヨポヨ”って呼べば出てくるよ」
けれど翔くんは、悲しげに首を振りました。
「でもボクにはそれは出来ないんだ。だって決めたんだもの。“この世のルール”で生きていこうって。だからもうすぐ君のことも思い出せなくなってしまうんだ。以前の記憶をなくしてしまうんだよ」
ポヨポヨは黙って頷いていました。
「それでいいんだよ、翔くん。それで」
しばらく泣いていた翔くんでしたが、やがて顔をあげると、
「けれどね、ボクは一旦君のことを忘れるけれど、必ずまた思い出すからね。ボクがこの世でちゃんと生きられて、そして神様からもらった愛で、みんなを幸せにすることが出来たのなら……。その時はまた現れてくれるかい?」
「うん、約束だよ」
ポヨポヨも泣きながら答えました。そうして、その身体は徐々に透明になっていきました。
「ポヨポヨッ!」
翔くんは叫びました。
「今までありがとう」
ポヨポヨはニコッと笑うと、スーッと大空へと消えていきました。あとにはポヨポヨの声だけが残されました。
――忘れないで。オイラは見えなくても、いつも君の側にいるのだから。
君が寂しいとき、悲しいとき、辛くて辛くて堪らないときには、
いつでもオイラが側にいるよ。
もう歩けないと座り込んだり、生きていたくないと思ったときだって、
いつでもオイラが側にいるんだよ。
思い出して欲しい。
君はひとりじゃない。
オイラがいつも側にいるよ。
オイラが側についているんだよ――
「ポヨポヨ……」
翔くんの両目からはいつの間にか、滂沱の涙が溢れていました。
つづく