これをききますと、お姫さまはもうほんとうに腹をたてて、カエルをひろいあげるなり、力まかせにかべにたたきつけました。
「さあ、これでよく眠れるだろう、いやらしいカエルめ!」
ところが、カエルは床におちると、もうカエルのすがたではなくって、やさしい美しい目をした王子になったのです。
グリム童話集1「カエルの王さま」より(相良守峯 訳/岩波少年文庫)
第一章 ニャン太
ブウォォォォォォン
ブォォン、ヴォン
深夜、車のエンジン音が突如として鳴り響く。
布団の中に入ってまどろんでいたナナコは、その音で目が覚めた。そして、「またか!?」と絶望的な気持ちになった。
階下の居間でちびりちびりと酒を飲んでいた夫のリョーヘイが、車を運転しようとしているのだ。どうせまた煙草でも買いに行くのだろう。酒を飲んでから車の運転をするのは止めてと、あれほどと言ったのに……と、ナナコは一人臍(ほぞ)を噛む。
しかし、リョーヘイには、どうしても分からないらしかった。
「……」
不安に押しつぶされそうになりながらも、ナナコの体は、昼間の疲れからか全く動かなかった。その代わり、ナナコは見えないリョーヘイに向かって叫んでいだ。
一体、いつまで私に迷惑を掛ければ気が済むのッ!
私やツトムのことなんか、あなたはなんとも思っていないのねッ!
しかし、そう思う間もなく、車はブォンと急発進してしまった。その音を聞きながら、ナナコの意識も同時に遠のいてゆく。もう考えてもしょうがなかった。なるようにしかならないのだ。
いつの間にかナナコは、自分ではどうしようもないことを考えるのを止めていた。それがいつの間にか身に着いた、夫婦間の嵐を避けるコツだったのだ。
お前なんかもう知るものかッ!
地獄へでもなんでも落ちてしまえ!
最後にそう心の中で叫ぶと、ナナコは深い眠りに落ちていった。
つづく