夫のリョーヘイに相談すると、即座に反対された。
誰が世話をするんだよ、俺は絶対にしないからな。第一、ウチはアパートだよ、ペットなんか飼えないんだぜ。それに、ツトムはどうするんだよ、あいつは喘息なんだよ。
「……」
矢継ぎ早に繰り出されるリョーヘイの言葉に、ぐうの音も出ないナナコだったが、それでも、リョーヘイの問いの一つ一つに、根気よく、そして半ば強引に答えていった。
大丈夫、私が世話するから。でも皆のネコだから、皆で世話をしてもいいわね。それに、ネコだったら、お向かいのアパートに住んでいる庄田さんも内緒で飼っているわよ。
大家さんにさえ、見つからなければ大丈夫。万が一見つかっても、「お宅のネコ?」って聞かれたら、「いいえ、違います。ノラ猫です」って言えばいいのよ。
確かにツトムは喘息だけれど、彼の情緒の安定のためにも、動物を飼うのはいい事じゃない? 心が落ち着けば、それで案外喘息の方も治まるかもよーなどと。
「……」
リョーヘイは、ナナコの返事に黙っていたが、反対しても、否、反対すればするほど、強引に物事を進めてしまうナナコの性格をよく知っているためか、最後にはとうとう、「君の好きなように」と半ば諦めたようにつぶやいたのだった。
うわーい、ネコが来る!
ナナコの心は踊った。息子のツトムに言うと、信じられないという面持ちだった。それから喜びが自分の上を素通りしていかないようにと、急に顔をこわばらせた。
ツトムはいつもそうだった。何か嬉しいことがあっても、否、だからこそ、それが確実になるまでは、表に表わさない。少しでも心を動かして、もしダメだった時には、その分ショックが大きいからなのだろう。
次の土曜日、ナナコとツトムは、児童館にネコを引き取りに行った。事前に電話連絡をすると、相手の指導員は喜んだ。
「このまま引き取り手がなければ、保健所へ連れて行くところだったんです」
断られるかもしれないと思いながらも、アパートに住んでいることを恐る恐る話したのだが、指導員はそれがどうしたと言わんばかりに、ナナコに段ボール箱を押しつけてきた。
中を覗くと、そこには小さな茶色いトラネコが入っていた。
「―!?」
正直、ナナコはがっかりした。中にいたのは、どうということもないトラネコだった。特に可愛いとか、模様が変わっているとかいうこともない。ただただ、それは何の変哲もない、普通のトラネコだった。
しかも、しっぽが極端に短く、更に先がくの字に曲がっていたので、まるでバランスの悪いお団子のように見えた。そのお団子が尻にくっ付いている……。しっぽの長い優雅なネコを想像していたナナコは、またもや裏切られたような気持ちになった。
がっかりした事を指導員に悟られないようにしながらお礼を言ったのだが、帰り道、これから、こんな可愛くないネコと一生を共にしなければならないのかと思うと、内心ゲンナリするのだった。
つづく