ある夜、また台所から明かりが漏れていた。
ナナコがドアを開けてみると、目が据わり赤い顔をしたリョーヘイが、日本酒をちびりちびりと飲んでいた。片方の足を別の椅子に乗せてだらしなく座るその姿は、まるで赤鬼のようだった。
「……」
あまりの変貌ぶりに、ナナコは思わず息を呑む。リョーヘイは普段はとても穏やかな青年なのだ。ナナコに言わせると、無気力とも思えるくらいだった。それが今や、何とも言えない猛々しい空気を纏っていたのだ。
「眠れないの?」思い切って、ナナコは声を掛けてみた。
「……」
リョーヘイはこちらを見ようともしなかった。
しばらくして、顔が動くと、フンと鼻で笑った。
「眠れないかって? 当たり前じゃないか。側でグウグウ寝ている誰かさんとは違うんだよ」
「……」
その言い方があまりに冷たかったので、怖くなったナナコは、そのままピシャリとドアを閉めた。だが、胸の動悸はなかなか治まらなかった。
翌朝、酔いの醒めやらぬリョーヘイをなんとか起こし、夕べのことを問い質してみるが、リョーヘイは何も覚えていないのだった。
ツトムが産まれてからも、リョーヘイの不眠症は治らなかった。しかし、それが毎日ではないので、ナナコも日々の子育ての忙しさに紛れて忘れていた。
いや、本音では見ないようにしていたのかもしれない。不眠を増長させるお酒を奪われることが辛かったのかもしれない。ナナコ自身もビールが好きで、一日の終わりにはビールを一缶開けるのを楽しみにしていたからだ。
だが、リョーヘイは、一缶だけでは足りずに、眠れないからという理由でそのあとも日本酒、ウィスキーと飲み続けるのだ。そうして、その量は、年々増えて行った。最近では、いつも最後には真っ赤な顔で、倒れるようにして布団に入るのが常になっていたのだった。
つづく