その日の夕食時には、リョーヘイは晩酌を止めて、寝る前に薬を飲んだ。酒を飲まないリョーヘイはいつになく陽気でツトムに話し掛けていた。そんな夫の様子を見て、ナナコはホッとしていた。
これで良かったのかもしれない、思い切って、お医者さんを勧めて。これでもしかすると、アルコールと切れてくれるかもしれない、そんな希望さえ持ち始めた。そしてもっと早くに勧めていれば良かったのにと思った。
しかし、調子が良かったのはそれまでで、それから二、三日すると、リョーヘイは再び酒を飲むようになってしまった。いくらナナコが「薬とお酒は併用できないんでしょ?」と言っても、「いいから、いいから」と意に介さずに、最初は、缶ビールの小一本から、やがては、普段と変わりなく焼酎やウィスキーへと移行し始めたのだった。
それでも寝る前にはさすがに反省したのか、流しの前で赤い顔をしながら律儀に薬を飲む姿だけは見かけられたのだが……。
そんなリョーヘイに異変が起きたのは、それからしばらくしてからだった。
それは、突然始まった。
深夜、何かが当る音がして、ナナコは目が覚めた。
ドシーンとそれは天井を揺らした。驚いて飛び起きると、部屋の入り口付近に布団を敷いて寝ていたリョーヘイが、天井に向けて、ツトムの玩具のゴムボールを投げつけている姿が目に飛び込んできたのだ。
天板に跳ね返ったボールは正確に、仰向けに寝ているリョーヘイの手に戻って来、リョーヘイは再びそれを天井へと投げていた。その繰り返しだった。
ドシーン、ドシーン―
その度に、天井は太鼓のように大きな音を立てた。
「何しているのッ!」
慌ててナナコはリョーヘイの手に飛びついた。急いでボールを奪い取ったナナコは、リョーヘイの顔を見て驚いた。
その目には何も映ってはいなかった。ただ濁ったように、色がなかった。
「―!」
そしてその無表情の顔がゆっくりこちらに向くと、ナナコの手からボールをもぎ取り、再び天井に向かって投げ始めたのだ。
つづく