トナリのサイコパス

どこにでもいるヤバイ奴。そうあなたの隣にも―。さて、今宵あなたの下へ訪れるサイコパスは―?

パモン堂の作品はこちらから⇨

www.amazon.co.jp

病院へ行こう2

病院へ行こう2
2007-12-12 23:47:23

テーマ:日々つつがなし・・・

 


夫はこの間二人で病院へ行ってから、
すこぶるまともになった。

 

あの日、二人で久しぶりに出掛けて、
いろいろと話が弾んだ。


まるで元の、病気になる前の夫のようだった。

 

帰ってきてからも二人の会話は止まらず、
私たちは、どちらともなく去りがたく、ずっと
居間で話をしていた。


ああ・・・そうなんだよなあ・・・。
夫と言う人は本当はこういう人だったんだよな・・・
と思った。

 

まるで「ジキル博士とハイド氏」のように
ある日突然変わってしまった夫。
(予兆はあったとはいえ・・・)

それにとまどって過ごした日々・・・。


ハイド氏は薬を飲んだらなるが、
ウチの夫は薬が切れたらなってしまう。

 

薬の量が増えて、ぼうっとしている夫。
前より反応が人よりワンテンポ遅れてしまった。
そして必ず人の意見には反論するようになった。
共感を求めるのは、もう無理なよう・・・。


夫はこのまま糖尿病患者や人工透析を受ける患者のように、
薬を飲みつづける生活をするのだろか?

おそらくそうだろう。


一旦なったものはもう元にはもどらないのだろう。

今迄は漠然といつかは治るかもしれないと思っていたが、
そうではないのかもしれない・・・と思い始めている。

 

もう元の夫ではないのだろう。
そう思う。

 

私はハイド氏の夫とも、これからも
付き合っていかなければならないのだ。

 

私が初めて夫が通う精神科医に会ったのは、8年前だった。

 

私は最初から期待しすぎていたのかもしれない。

精神科医というものを、何かこの窮状を助けてくれる
救世主のように思っていたのかもしれない。

 

医師は小柄な女医だった。
私は面喰らってしまった。
この窮状を救ってくれるには、少し非力な気がしたからだ。

 

女医はアポなしで、突然来た私にあからさまに不快感を示していた。
それでも私は訴えていた。

夫の毎晩の行状を。
そしてどうしたらいいですか?と聞いた。

 

話を全て聞き終えた女医は、
「ふむ」と言い、
やおら夫の方へ体を向けて言った。

 

「で、どうします?」

「えっ!?」

 

夫も私もびっくりした。
女医はなおも言った。


「奥さんがああ言ってますが、どうしますか?」

 

「・・・・・」

 

夫は目を白黒させていた。
まるで女教師に叱られている子どものようだった。

 

私は内心しまった!と思った。
この人に相談すべきではなかったのだ。


「このままじゃあ、入院するしかないですよ。
入院しますか?」


入院—!?
私たちは二人とも言葉がでなかった。


「だってお酒やめられないんでしょ?
だったら入院した方がいいですよ」


私は混乱していた。
私はただこの窮状を救ってほしかっただけなのに・・・。
夫が夜中に暴れたら、どうしたらいいのか聞きたかっただけなのに・・・。

突然、入院になるとは・・・。


夫は弱々しく答えた。
「入院はしたくありません・・・」


診察室に沈黙が訪れていた。


私はシーンとした室内で、
夫が、その大きな体を折り曲げて、小さくなっている
その背中をみていた。

それは今迄見た事の無いくらい、力ない姿だった。


それをみているうちに、私は段々夫が哀れになってきた。
ああ・・・可哀相だな・・・と。

こんな女医に怒られて、可哀相だなあ・・・と。

 

そうして、結局夫を入院させることはしなかった。

あのときの判断が果たして正しかったのか、
今も分からない。

もしかすると、あの時入院させて、きちんと治療していたら、
こんなに長引くこともなかったのかもしれないとも思う。

 

でも私はあのときの医者の、あまりにも事務的な口調に
「こりゃダメだ・・・」という絶望感を抱いていたのだ。

 

こんな人に治療を任せられないと・・・。
この人の言うことは聞けないと・・・。


結局、今度暴れたら、女医が指定した、
近くの(と言っても、駅で6個離れた所)
病院へタクシーで連れて行くということになった。

 

そして朝になったら連絡してくれと。
そしたら私も診に行くからと。

 

「はいはい」と殊勝に頷いてた私だったけれど、
心の中では、

「暴れている男をどうやってタクシーに乗せるんだよ!」
「朝にしか来れないのかよ」

 

と思っていた。


結局、この女医を呼ぶ事はなかった。

 

何故なら、そのあと、夫は大人しくなったからだ。


女医に叱られたからか。
それとも自分の恥ずかしい部分を
他人に知られたことがショックだったのか・・・。

それは分からないけれど、
ともかくおさまってしまった。

 

そして、今度は長い長いうつ病へと移行してしまったのだった。


正直、この医者のことは好きになれなかった。

なぜ夫がこの医者を気に入り、通っているのか分からなかった。

患者や家族の気持を受け入れようと言う姿勢が見受けられなかった。

 

その頃はやっていた映画のコピーに

 

「この人間には心がない」

 

というものがあったが、まさしくそんな気がした。

どこか血が通っていない気がした。


もう二度と会いたくない人種だったけれど、
それでも私は夫につきそっていく覚悟はしていた。

 

だが、しばらくしてから夫が言った。

 

「君、もう病院へこないでくれる?
君が来るって言ったら、
彼女が不機嫌になるんだよね」

 

彼女とは、医者のことだ。

 

「・・・・・・」

 

私も嫌っていたが、医者の方でも
突然現れて、文句を言う患者の家族は困るのだろう。

 

そんな訳で医者に嫌われた私は、
以来夫の病院へ付き添うことはなかったのだ。

 

それは、私を排除して、女医との関係の方を
選んだ夫への復讐心もあったのかもしれない。


しかし、その女医はいつの間にか病院を辞めたらしい。

新しい医者は、同年代の男性で、すこぶる評判がいいということだ。
(夫が言うには)

 

その医者が家族に会いたいと言っていると言う。

家族の中で夫が孤立しているのではないか

と言っているというのだ。

 

(そりゃまあ、確かに孤立していますが・・・)


丁度、夫の暴言が激しくなっていた頃で、
私も医者に一度きちんと会って、話を聞きたいと思っていたので、
渡りに船だった。

 

今度の医者はいいかもしれない・・・?

 

そんな期待を胸に私は久しぶりに夫の病院へと
出掛けたのでした。