「それが最近では酷いんです! 大声を出すくらいじゃ済まなくなって、今では台所のものを壊したりするんです。救急車を呼んだんですけど、断られてしまって……」
医師はまだじっと見詰めていた。
「こんな時、一体どうしたらいいんですか? どうしたらお酒を飲まないようにできるんですか? こちらの病院で何か入院させたりということは出来ないんでしょうか?」
最後は縋り付かんばかりに前のめりになってしまっていた。ナナコはそんな自分が女優にでもなったような気持ちがした。
ナナコの話を聞き終わると、女医は机のカルテをじっと見詰めてしばらく考え込んでいたが、やがてさっと顔を上げると、今度はリョーヘイに向かって、
「それで、どうなさいますか?」と聞いた。
「え?」突然のことでリョーヘイは言葉に詰まった。
「奥さんはああ言っていますよ。入院しますか? それとも自力で治せますか?」
「あ」
リョーヘイはまたもや憧れの女教師に怒られたかのようにうなだれた。
ナナコも慌てた。
まさかこんな展開になるなんて―。
私はただ夫の飲酒癖を治して欲しかっただけなのに……。女医はイライラしたように、ペンでトントンと机を叩いた。気まずい沈黙が流れた。やがてリョーヘイがうなだれたまま「入院は嫌です」と小さな声で答えた。
「そう」と言うと、女医は今度はナナコの方へ向き直り、
「ご主人は入院は嫌だと言っています。それにここには入院施設はないんです。なので、お酒を断つために、“抗酒剤”というお薬を出します」
「はい……」ナナコは圧倒された。
「このお薬を飲んで、お酒を飲むと、急性アルコール中毒のような症状が起きます。大変苦しくなるお薬です。なのでとても危険です」
「はあ……」ナナコの頭はもう回ってはいなかった。
「ですから奥さん、このお薬は、あなたが管理してください。必ずご主人ではなくて、奥さんが管理してください。いいですね」
と念を押された。
「……分かりました」力なくナナコは答えた。私にリョーヘイが管理できるのだろうか、と思いながら。
つづく
暑い季節になってきましたね~。