なぜ医者は、アルコールではなくて、うつ病の薬を出すの?
ウチのリョーヘイの問題はアルコールなのよ、とそう医者に問うてみたい気がした。
一緒に病院へ行ってみたい、と一度ナナコはリョーヘイにそう切り出してみたことがあった。
すると、そこにナナコの並々ならぬ決意を感じ取ったのか、リョーヘイは、「いや、いい、俺一人で行くから」と断った。
ナナコが来て、自分と医者との信頼関係に水を注されるのが嫌だったのだろう。
「そう……」とナナコは鼻白んだ。
だが、少しホッともしていた。
「それなら、ちゃんと、アルコールが止められなくて、困っているんだって、伝えてよね」と釘を刺した。
「分かった」とは言うものの、果たしてどの程度リョーヘイは真剣に受け止めてくれたのか。はなはだ疑問なのだった。
リョーヘイは、二週間に一度、定期的に病院へ通っていた。薬もきちんと飲んでいた。あとは❘そう、アルコールを止めればいいだけだった。
精神科の薬とアルコールを重ねて飲むリョーヘイは、アルコールだけだった時よりも酷かった。
それまではアルコールが入ると、布団に倒れ込んで寝るだけだったが、今では、夜中の十二時を過ぎると、突如として獰猛な人格が現れてくる。
それはナナコに子どもの頃読んだ『ジキル博士とハイド氏』を思わせた。
同じ人物とは思えないほどの変貌ぶりだった。
そして、今では一体どちらが本物のリョーヘイかよく分からないくらいだった。
ナナコはずっと、“リョーヘイ”という温和な仮面を被った男と、その正体を知らずに結婚してしまい、騙され続けてきたような気さえしていた。
つづく