美しいおもちゃのもどってきたのをみると、お姫さまは大よろこびでした。お姫さまはそれをひろいあげると、手にもったまま、こおどりしてとんでいきました。
「まあ、まってください、まってください。いっしょにつれていってくださいな。あなたのようには、走れないから。」とカエルがいいました。
グリム童話集1「カエルの王さま」より(相良守峯 訳/岩波少年文庫)
第五章 絶望
真夜中になると暴れるというリョーヘイの奇行は続いていた。
リョーヘイは、まるでシンデレラよろしく深夜零時を過ぎると、突然覚醒する。
しかしその目は開いているのに、何も見ず、その耳は開いているのに、聞こえていないかのようだった。
それは毎日ではなかったけれど、深酒をした日には必ず起こった。そして日に日に程度が酷くなるのだった。
今ではもう、ナナコ一人の力では抑えきれなくなっていた。見えない何かに向かって叫ぶ、その声ももう防ぎようがなかった。この声は二階の住人はもちろんのこと、近隣の住人たちにだってすでに聞こえている筈だった。
だが、誰も何も言ってこない。それが逆にナナコには不気味だった。
万が一にも誰にも気づかれていないとしたって❘そんなことは有り得ないことだが❘それでも我が家がおかしくなっていることが周囲に知れ渡るのは時間の問題だとナナコは考えていた。だから、不安に戦きながらその時を待つよりも、いっそ誰かが大声で叫んでくれたらいいのに、とも思っていた。
「野沢さん家って、ほら、ご主人が最近変でね……」
そう言って、誰かが噂話を流してくれたらいいのに、とナナコはそこまで思い詰めるのだった。気持ちはすでに、宣告を待つ罪人のようだった。
つづく