ナナコは恐怖でしばらく動悸が止まらなかった。
頭の中が真っ白になっていた。
対向車とはどちらかがバックしなければ通れない幅だった。
リョーヘイはビービークラクションを鳴らして相手を威嚇し始めた。
“お前がどけ”ということだ。
対向車はノロノロとバックし始めたが、なにせ道が曲がりくねっているために、上手くバック出来ない。
リョーヘイはイライラしながら、ビービー鳴らしていたが、やがて痺れを切らしたのか、「チッ!」と舌打ちすると、今度は自分の車をバックさせた。
少し窪んでいる箇所で待機していると、対向車が慎重にやってきた。
二台はギリギリのところですれ違った。ナナコが運転席の方を見ると、三十代くらいの女性が真剣な眼差しで前を見詰めていた。
ようやく車が抜けると、相手はそのまま行こうとした。
リョーヘイは突如、「待てッ!」と怒鳴るやいなや車から飛び出した。
「もういいじゃないの!」とナナコが声を掛けたが間に合わなかった。
「待てよ、オイッ! ぶつかりそうになったのに、挨拶なしかよッ」
道の真ん中で仁王立ちになったリョーヘイは、車に向かってそう怒鳴った。
相手の女性も車から出てきて、「すみません」と頭を下げた。
そして、「でも、お宅もすごいスピードでしたよ」と言った。
だがその一言がリョーヘイの怒りに更に火を付けた。
「なんだと! ぶつかりそうになったくせに、そんなことを言うのかッ。ふざけんなよ、テメェーッ!」
女性は頭を下げた。
「だから、すみませんと謝ったじゃないですか」
「謝ればいいのかよ、謝れば、え! 謝れば全て許されるのかよ」
女性はうんざりしたように天を見上げて、それから腕時計をチラと見た。
「すみません、私、これから仕事なんです。遅れそうなんです。あとでいくらでも謝りますから、今日のところは……」
「そんなの俺になんの関係があるんだよッ。え? そっちの都合だろ?」
女性はため息をつくと、今度はキッとリョーヘイを睨んだ。
「じゃあ、どうすればいいんですか? どうすれば許してもらえるんですかッ? 今ここで、土下座でもすればいいんですか?」
そう開き直られると、グウの音も出ないリョーヘイだった。
彼は明らかに、難癖を付けたあとのことを考えてはいなかった。ただただ、腹立たしかっただけなのだ。
つづく