救急車を呼んでから、大人しくしていたリョーヘイが、突如また暴れ出したのは、それから二、三日してからのことだった。
ナナコは今度こそもう黙ってはいられなかった。すぐさま消防署へ電話した。しかし、電話の向こう側から聞こえてきたのは、以前とは違って野太い投げ遣りな声だった。
「はい、消防署です。火事ですか? 救急ですか?」
「すみません! 夫がお酒を飲んで暴れているんですが、どこか病院へ連れて行ってもらえないでしょうか?」しかし、相手は、う~んと唸ったっきり黙ってしまった。そして、
「それはね、困るんですよ、そんな方はね」と言った。ナナコは驚いた。この間と話が違うではないか?
「酔っ払っているんでしょ? ご主人。病院でもそういう人は嫌がるんですよ。だから引き取り先がなかなか見つからないんですよね」
「はぁ」
「それに、病院でも、水を飲ませて放っておくだけですよ。お酒が抜けるまでね。奥さんもそうされてはいかがですか?」
「はぁ」
「それでもダメだったら、ご自分で病院を探して、タクシーで連れて行かれるといいですよ」
「……」
ナナコはもう返事をする気力がなかった。
「宜しいですか? はい、それじゃあ、そういうことで」
そう言うと、相手はさっさと電話を切ってしまった。
ナナコは一人電話口に取り残されてしまった。隣ではリョーヘイが怒鳴りながら、台所のものを薙ぎ倒していた。そして、「ザマーミロ」とか「思い知ったか」などと言いながら、小気味よさそうに笑っている。
「……」
こんな男をどうやって、タクシーに乗せろと言うのだ。こんな男にどうやって水を飲ませると言うのだ。そしてどこが、こんな男を引き取ってくれるというのだ。
ナナコを不意に脱力感が襲った。
受話器を戻すと、全身から力が抜けてその場に崩れ落ちた。そして、本当に困っている時には誰も助けてはくれないんだと思った。
結局、私を助けてくれる人は誰もいないんだ、私は一人でこの状況をなんとかしなければならないんだ。
誰も私を……。
そう思うと、ナナコの心は闇に沈んだ。
それはナナコが初めて感じた深い絶望感だった。
つづく
アルコール適量ジョッキ
*お酒はほどほどに。(*´ω`*)