ショックだった。
あの先生がいい、と言うのは、実質リョーヘイからのナナコへの決別宣言だった。
リョーヘイは妻のナナコより、あの女を、あの女医を選んだということだった。
そう、そういうことなのねとナナコは唇を噛んだ。
なら、もう好きにするといいわ。あの医者とでも何でも心中すればいいのよ。
そう心の中でつぶやくとプイと横を向いた。身体の中を孤独感と敗北感とが徐々に貫いていった。
「……」
ふと気がつくと、頬が濡れていた。
疲れた……とナナコは心底から思った。
けれど、もうため息すらついて出ることはなかった。
医者からは、必ず奥さんが管理してくださいと言われていた抗酒剤だったが、リョーヘイに聞くと、「自分で管理する」と言うので任せることにした。
それにナナコはもうリョーヘイとあの女医とに関わりたくなかった。
二人の関係性の前にナナコは打ちのめされた気持ちでいたのだ。
リョーヘイは、この薬の効果を珍しがって、断酒をすべくしばらくはきちんと薬を飲んでいた。
ところが、ほとぼりが醒めた頃に、またぞろ酒を口にしてしまったようだ。
それはある晩、リョーヘイが突然台所で倒れたことで分かった。
リョーヘイは、「く、苦しい……」と言いながら、床の上で悶え始めた。
身体が小刻みに震えていた。
一体、何が起きたのかとナナコが驚いて駆けつけると、
「う、う……」と呻きながら、抗酒剤を指差した。
「なるほどね、こうなるのか」と、ナナコは、薬の威力に感心した。
そうして、リョーヘイをそのまま床に転がしておいた。
もう、助ける気さえなかった。
“ザマーミロ! サケヲ ノンダ バツサ”
しばらくして、薬の効き目が切れるとリョーヘイはようやく床の上に起き上り、顔の汗をぬぐった。
そして「ああ、死ぬかと思った」とつぶやいた。
ナナコは「ほらね、お酒を飲めば、そんな風になるのよ。もういい加減やめたら」と居間の方から冷たく声を掛けた。
「ああ……もう、酒をやめる。本当に止めるぞ」と、リョーヘイは今度こそ決意したように言った。
ところが、そう言った舌の根も乾かぬうちに、リョーヘイは再び酒を飲む。
今度は怖いもの見たさとでも言うのか、抗酒剤を使って、自分の身体にわざと負荷を掛け、そのトリップ感を味わうようになってしまった。
リョーヘイにとって、薬もまた自分を酔わせるための道具の一つにしか過ぎなかったのだ。
ナナコは開いた口が塞がらなかった。
もう馬鹿馬鹿しくて、何も言う気がしなかった。
つづく