「ねぇ、ねぇ……ったら」
ある夜、ナナコは寝ているリョーヘイに囁いた。ナナコたちが寝室にしている部屋の一番入り口付近にいつもリョーヘイは布団を敷いて寝ていた。間にツトムを挟んで、ナナコは一番奥の窓際に寝ていた。三人分の布団を敷くと、部屋全体がもうそれだけで一杯だった。
「……」
リョーヘイは返事をしなかった。
ナナコはもう一度囁いた。「ねぇ……」だがやはり反応は返ってこなかった。仕方なくナナコは、寝ているツトムを跨いでリョーヘイの布団に滑り込んだ。そしてその大きな身体に自分の身体を巻きつけた。
それでもリョーヘイは身じろぎ一つしない。困ったナナコは、その耳をぺロリと舐めた。だがやはり反応はなかった。
「……」
ますます困ってしまったナナコは、仕方なく行為をエスカレートさせていった。ナナコはリョーヘイの身体をまさぐりはじめた。優しく、強く、甘えるように。その指が段々と下の方へ降りていくと、
「……めろ」
突然、低い声が暗闇に響いた。
「え?」ナナコは思わず聞き返した。
「やめろ、気持ち悪い」
今度は聴き違いなどではなかった。リョーヘイはナナコに向かって、はっきりそう言ったのだ。しかも、目も開けず、顔一つ動かさずに。
「―!」
ナナコはその場に凍り付いてしまった。気持ち悪い……? 本気なの……? もちろんリョーヘイにそんな事を言われたのは初めてだった。それでもまだ、ナナコはリョーヘイの真意を量りかねていた。ナナコが動揺していると、リョーヘイは尚も続けた。
「俺に触るなッ、気持ち悪い」
今度はナナコにも分かった。リョーヘイは本気なのだ、本気でナナコを嫌っているのだ。ナナコにはその言葉が痛いほど突き刺さった。
「……」
唇をかみ締めて、ナナコは自分の布団に戻った。そうして、リョーヘイに背を向けて眠った。もう二度とお前なんか触るもんかと誓いながら。そうして、まさかそれが本当にそうなるとは、その時のナナコには思いも寄らないことだった。
つづく