ツトムは気づく時もあれば、気づかない時もある。けれどナナコは毎回ツトムの寝顔を確認した。
眠っていればよし。
けれど時々ツトムは寝た振りをした。
ツトムにはそういうところがある。気づいているのに気づかない振り。それはツトムなりのナナコへの気遣いだったのだと思う。
何が起こっているのか聞きたいけれど聞けないという、彼なりのジレンマ……。ナナコにはそんなツトムの気持ちが痛いほど分かっていた。
ナナコだってもちろん、ツトムに答えてあげたいが、毎晩、それも何故か判で押したかのように、きっかり十二時を回ると別人になってしまう夫を、どう解釈していいのか分からなかったのだ。どうすればいいのか見当もつかなかった。
ただただ手をこまねいて見ているだけしかなかった。
布団の中に潜り込ん寝ているツトムの顔を確認しながら、ナナコは、小さく溜息をついた。
一体どうすればいいのだろう、どうすれば……。
だが、いくら考えても答えは出てこずに、ただ時計の音だけが虚しく響くのだった。
そんな生活が続いていくうちに、野沢家では誰もが、段々と朝が起きられなくなってきた。
リョーヘイが起きられないのは当たり前だが、ナナコも目が覚めると、朝七時半を過ぎているということがよくあった。子どもたちは登校班を作って、一列に並んで学校へ行く。
その集合時間が、七時四十五分で、ナナコは慌てて傍らのツトムを起こし、無理矢理ランドセルを背負わせて送り出すのだった。
寝ぼけ眼のツトムが恨めしそうな顔で、ナナコの方を振り返り振り返り歩いていくのを、心の中で申し訳なく思いながら見送った。
無理もない。
毎晩、夜になると、父親が大声を出しては暴れるのだから……。寝不足もいいとこだ。
徐々にツトムは学校へ行くのを渋るようになってきた。朝になると「お腹が痛い」などと訴える。
だが、ナナコはツトムを休ませることはしなかった。ツトムを休ませると、だらしなく寝入っているリョーヘイの姿を目に焼き付けさせることになるし、それでなくとも、カーテンも開けずに暗い部屋の中で、生きているのか死んでいるのかも分からないような状態の父親と、二人っきりにさせることは、どうしてもできない事だった。
ツトムを送り出すと、ナナコはその場にへたり込む。
ナナコ自身、慢性的な寝不足だった。
私だって、休みたいのよ―、とナナコは思った。
だが、ナナコもまた休めなかった。
何故なら、休むと嫌でもこの重たい空気の中で、リョーヘイと二人っきりで取り残されるからだ。
まるでこの家の主(ぬし)のような、置物のような、大きな物体と二人取り残され、その存在をいつも感じていなければならないのは、嫌だった。
だから、ナナコは、「エイヤ!」と自分に気合いを入れて、仕事に出掛けた。
この時ほど、仕事と言うものを有り難く思ったことはなかった。
つづく
そろそろこういうのが必要な時期になってきました~。
紫外線こわい…。(*´Д`)