「う……ん。顔が痛い……」
しゃがれた声でリョーヘイがつぶやいた。
朝の仕事へ行く準備をしていたナナコは、忙しく身体を動かしながら、「当たり前でしょ!」と怒鳴った。
「一体、夕べ何があったと思っているのよッ!」そうリョーヘイに向かって吐き捨てた。
「……」
リョーヘイはまだ酒が抜けないようで、何も言わずに目を瞑り赤い顔で布団の中にいた 。
パトカーが去った後も、リョーヘイの奇行は止まらなかった。外に出て裸足のまま走りまわり、塀の上からジャンプしたりして、顔をしたたかに地面に打ちつけたりした。
その時はさすがに「痛い……痛いよぉ……」と転げまわっていたが、しばらくすると、今度は道路を走ってきた車めがけて飛び出して行った。
車は慌てて急ブレーキを踏み、キキーッという音がしたが、その前に立ちはだかったリョーヘイはクラクションを鳴らされても動じず、そのまま道路の上に仰向けに寝転んでしまった。
そして、「さあ、殺せーッ! 殺せーッ!」と喚いていた。
困った運転手がそのまま走り抜けようとすると、リョーヘイはすばやく身体を横に転がして道を開けた。
その横を車は通り過ぎていった。
「……」
それらをハラハラしながら見守っていたナナコだったが、だんだんと馬鹿らしくなってきた。
リョーヘイはナナコが止めれば止めるほど、その手を振り切って、走り回る。まるで子どものように、まるで何かに解放されたかのように……。
それならば放っておいた方がマシではないか。
ナナコは、リョーヘイを一人残して家の中へ入った。台所はいつも以上に物が散乱していた。全ての物がめちゃくちゃに破壊され、床に散らばっていた。
「……」
馬鹿馬鹿しい……とナナコを思った。全てが馬鹿馬鹿しかった。
リョーヘイも、アルコールも、この生活も、そしてこんな生活に閉じ込められている自分自身も―。
全てが馬鹿馬鹿しかった。
もう何もかもが嫌だった。
ナナコは玄関の扉を閉めた。壁掛け時計を見ると、既に三時を回っていた。
そうして、フラフラと寝室へ入ると、着替えもせずにそのまま布団に包まった。
もうどうにでもなれ! そう思っていた。
つづく