ナナコは夫婦の寝室を自分の部屋として使っていたが、その広さを持て余していた。
もともと二人で使える様に設計してあるので、ナナコの荷物だけでは少なすぎた。
今まで一部屋に三人で肩寄せあって寝ていたが、今度の寝室では、真ん中にポツンと一組だけ布団を敷いて寝た。
なんだか冷え冷えとしたものが、四方から迫り来るような気がした。
広くて新しい家へ引っ越せば全てがうまくいくと考えていたのは誤算だった。相変わらずナナコは一人ぼっちで、寂しかった。
夫婦関係などもうとっくに崩壊していた。そこにあるのは、形骸化した“家族”の形だけだった。
深夜、突如として車のエンジン音が響いた。普段から滅多に人通りもないこの界隈でそれは異様に大きく響いた。
それが我が家の駐車場からだということを、ナナコはすぐに理解した。さっきまで階下のリビングで飲んでいたリョーヘイが酔っ払って運転しているのだ。
「―!」
布団の中でナナコは震えた。だが止めようにもすでに車は急発進して走り去ってしまった後だった。全ては後の祭りだった。ナナコにやれることは何もなく、ただ不安と心配の渦の中に取り残されただけだった。
「……」
ナナコはもう考えるのを止めた。考えても仕方がなかった。そして、迷惑ばかり掛けるリョーヘイを呪った。
お前なんか地獄へ堕ちろと心の中で罵った。半分眠りに落ちながら、ナナコはこれが夢ならどんなにいいだろうと思った。
こんな風に毎日毎晩リョーヘイのことばかりを考え、心配を掛けられる生活の方が夢ならば、どんなにいいことだろうかと。
ナナコの欲しいものはただ一つ、平安だけだった。
安心して暮らせる生活―それだけがナナコの夢だった。
そんな当たり前のことが手に入らないなんて……いつの間にかナナコの閉じた眼からは再び滂沱と涙が流れ落ちてくるのだった。
つづく